2011年03月31日
眠れない夜・・・
東日本大震災により亡くなった皆様に心からご冥福を申し上げます。
被災された皆様やレスキュー活動をされていらっしゃる皆様、被災された方々へのボランティア活動をされていらっしゃる皆様、全ての方の事を思い、遠く離れた宮崎から日本人の一人として出来ることを協力させていただきたいと思います。
長い道のりになるかもしれませんが、「心からの笑顔」が戻る日まで手と手と握り合っていたいと思います。

空続きのひまわりの家から被災された皆様の事を思っています。桜が咲き始めました。
こんな時に、ひまわりの家の責任者として最後の日である事を綴るのはとても気が引けて申し訳ないと思います。
けれど、お世話になった方々にご報告やお礼をお伝えしたいと思い、最後の日に書かせていただきたいと思います。どうぞお許しください。
微力ではありましたが、今日でひまわりの家の運営責任者としての仕事が終わります。
1年365日、心が休まる日はありませんでした。
体調の悪い子がいれば、翌日の朝の開門まではその子の顔を見るまでは心配でたまりませんでした。
稲光・強風・大雨・台風・猛暑などの時も不安で怖がっていないか、恐怖で暴れて怪我をしていないかなどと思い不安な夜を過ごしたものです。
怯えている子、甘え方を知らない子、栄養状態が良くない子、傷だらけの子、爪が伸び放題の子、歯石だらけで口臭の強い子、迷子であっただろう不安で落ち着かない子、無邪気に遊ぶ子犬、汚れて体臭の酷い子・・・・・初めて会うこの子達の姿を愛しく思いながら「生きていてくれて良かった」「辛かったねえ」「もう大丈夫だからね」と話しかける一方、とても悲しい思いをしたものです。
搬入の日は判定を受けてひまわりの家に来る子がいるなか、判定に落ちてその日のうちに殺処分される命がある事もつらいことでした。
あの煙を見るたびに、悲しみと同時に動物の命についての人間社会のあり方に怒りがこみ上げていました。
毎回の搬入日には自分の無力さを嘆くだけで終わってはいけないとの思いが日々募っていきました。
最後の日が搬入日であることが、判定に落ちる動物達の「私たちを忘れないで」というメッセージにも思えます。
今日も心を込めて「生きるために産まれてきた尊い命」を思い、活動します。
また夜になったら、思いを綴りたいと思います。
被災された皆様やレスキュー活動をされていらっしゃる皆様、被災された方々へのボランティア活動をされていらっしゃる皆様、全ての方の事を思い、遠く離れた宮崎から日本人の一人として出来ることを協力させていただきたいと思います。
長い道のりになるかもしれませんが、「心からの笑顔」が戻る日まで手と手と握り合っていたいと思います。
空続きのひまわりの家から被災された皆様の事を思っています。桜が咲き始めました。
こんな時に、ひまわりの家の責任者として最後の日である事を綴るのはとても気が引けて申し訳ないと思います。
けれど、お世話になった方々にご報告やお礼をお伝えしたいと思い、最後の日に書かせていただきたいと思います。どうぞお許しください。
微力ではありましたが、今日でひまわりの家の運営責任者としての仕事が終わります。
1年365日、心が休まる日はありませんでした。
体調の悪い子がいれば、翌日の朝の開門まではその子の顔を見るまでは心配でたまりませんでした。
稲光・強風・大雨・台風・猛暑などの時も不安で怖がっていないか、恐怖で暴れて怪我をしていないかなどと思い不安な夜を過ごしたものです。
怯えている子、甘え方を知らない子、栄養状態が良くない子、傷だらけの子、爪が伸び放題の子、歯石だらけで口臭の強い子、迷子であっただろう不安で落ち着かない子、無邪気に遊ぶ子犬、汚れて体臭の酷い子・・・・・初めて会うこの子達の姿を愛しく思いながら「生きていてくれて良かった」「辛かったねえ」「もう大丈夫だからね」と話しかける一方、とても悲しい思いをしたものです。
搬入の日は判定を受けてひまわりの家に来る子がいるなか、判定に落ちてその日のうちに殺処分される命がある事もつらいことでした。
あの煙を見るたびに、悲しみと同時に動物の命についての人間社会のあり方に怒りがこみ上げていました。
毎回の搬入日には自分の無力さを嘆くだけで終わってはいけないとの思いが日々募っていきました。
最後の日が搬入日であることが、判定に落ちる動物達の「私たちを忘れないで」というメッセージにも思えます。
今日も心を込めて「生きるために産まれてきた尊い命」を思い、活動します。
また夜になったら、思いを綴りたいと思います。
Posted by ひまわりの家スタッフ at 03:11
│過去の記事 2010.4~2011.3